12月24日、夜。

教会ではイエス・キリストの復活を祝う、降誕祭が行われる。

街は華やかだった。

ライトは司祭として、その祭りを取り仕切る。

一方エッジワースには、キリストなど関係があるはずもなく、いつも通りに仕事をこなした。


「先生、ただいま戻りました」


いつも通りに報告する。

ただ、彼の師の様子が違った。いつも座っている椅子から離れ、暖炉の前に立っている。


「此処に来い、エッジワース」


エッジワースが若干不思議に思っていると、声を掛けられ、傍に呼ばれた。

それに従い、歩みを進める。横に立った所で視線を合わせると、師が笑っているのが解った。


「先生…?」

「…貴様は此処のところ、エクソシストに会っているな」

「…!」

「どういうつもりであるのか…それは聞かずとも解るが」


つり上がっていく口端に似つかわしくないほど、瞳は冷たい。

刺すような視線にエッジワースは目を逸らすことも出来なかった。

無論、反論の言葉すら喉に留まったまま出て来ない。

師が一歩、距離を詰めてエッジワースの顎に手を添える。ビクッと震える彼に、喉の奥でククッと笑った。


「貴様には永劫救いなど無いと思え。…父を殺した貴様にはな」


銀の瞳が跳ね、見開かれる。

瞬きひとつせず、その瞬間から呼吸すら詰められた。

そして苦しげに泣きそうに歪められた表情で、彼は小さくはい、と答えた。

カルマはその様子を、愉しげに見つめている。


「…永劫だ。我々は死んでも解放されることはないのだよ」


死が救いであるのは、そのまま眠ることが出来るものにとってだけである。

そう…つまり、彼らのような人間以外。


「死後、魂をやると…悪魔と契約しているのだから」


エッジワースの能力は、実際に人間の域を越えていた。

彼がその力を手に入れるまでには紆余曲折があった。

もともと彼の父はエクソシストであり、彼は父を尊敬し自らもそうなろうと心に決めていたのだ。

その彼が何故、と断片的にだが事実が見えていた司教も思ったに違いない。

だがそれはエッジワースの中に常に渦巻いている暗雲、彼の悪夢を知れば明らかだった。

先ほどカルマが言ったように、彼は父親をその手で殺してしまっている。

エクソシストであった父親が悪魔に負けそうになっていた所に、幼いエッジワースは落ちていた父の銃を握り締めて引き金を引いた。

そこまでしか彼に記憶はないが、目を覚ましてみると父の遺体が転がっていた。


「はい…心得ております」


その事件で家族を失った彼には、もはや縋る相手は自分を拾ってくれた師しかいない。

それを面に出すことは彼の矜持が許さなかったが、心の奥底で居場所を求めていた。

そのために師を盲目的なまでに崇拝し、命令は絶対であると考え行動してきたのだ。

その師が、心の奥底では自分を酷く憎んでいると、彼は知る由も無かった。



「…ッ!!?」



突然、カルマは無防備なエッジワースを床に引き倒した。

ダン、と派手な音を立てて強かに身体を打ち付けてしまい、痛みに呻く。

そこに上からのし掛かられて、一瞬遅れてエッジワースが驚きに目を見開いた。


「せ、先生…!?」


全く訳が解らず、混乱しているのが見て取れた。

痛みよりも驚きが勝った表情で自らを押さえつけている師を見上げる。



「……エッジワース」

「は…、はい…」

「今日は忌々しい日だが…司教も自由には動けまい」



カルマの瞳が暗く光る。

その言葉の意味を理解するよりも早く、エッジワースの首筋には冷たいものが押し当てられていた。

彼はそれが何か知っている。いつも、自分が手にしている物だからだ。


「せ、んせ…」


断罪人が使用するナイフ。

薄氷のように研ぎ澄まされた切っ先は、軽く宛てただけで既に皮膚を割いている。

首から血液が伝い落ちる。


「何故…」


腕は押さえつけられていないのに、抵抗も出来ないほど呆然として師を見上げる。

そして、低く嗄れた声で告げられた言葉はエッジワースの思考を奪うのに十分だった。


「貴様が父親と同じ年齢になった時に、この手で殺すと決めていたのだ。だが、悠長に待っている場合では無くなった。」



それはライトが現れたことを指している。

エッジワースに復讐することだけを目的に生きてきた男にとって、これは最後のチャンスかもしれなかった。


「私、が何を…した…と」


途切れ途切れの震えた声に、カルマは口元に笑みを浮かべた。

暖炉の明かりを遮り影を落とすそれに、エッジワースは恐怖を感じる。


「父親は屈辱を、息子は傷を我輩に与えた…その罪は許される物ではない」


するりと、引きながらナイフを持ち上げられ、薄皮に線が引かれる。

ぷつぷつと赤い珠が浮かび上がり、白い肌を伝い落ちていく。


「その罪、償うが良い!!」


ナイフを両手に握り直し、真下にある身体の心臓を目掛け、振り下ろした。

エッジワースが反射的に強く瞳を閉じた、その瞬間だった。

薄い物が割れる高い音、同時に重く低い音が部屋中に響く。

その直後、ガランと床に何かが落ちた。

驚き体を跳ねさせて再び開いたエッジワースの目に映ったのは、きらきらと光る七色だった。

それは、部屋の上部についていた窓のステンドグラス。

その欠片が降り注ぐ中に、人が立っている。白いコートを靡かせ、片手に銃を構えていた。


「ライ…ト…?」


それは彼の幼なじみであり、敵である司教、フェニックスライトだった。

カルマといえば、がたがたと手を震わせて司教を見ていた。

彼の持っていたナイフは穴が開き、床に落ちていた。…ライトが撃ち抜いたのだ。


「…エッジワースを離せ」


銃を両手で持ち、カルマの心臓に狙いを定める。


「さもないと今度は、心臓にお見舞いする」


エクソシストの銃に装填されているのは、銀の弾丸である。

魔を払う力を持つそれを心臓に打ち込まれればお終いだ。

しかしそこから退こうとはしないカルマ。

これを逃せば期がない事は間違いないと解っているのだろう。


「カルマ、貴方はエッジワースの心を傷付けた。絶対に許さない」


銃口を決して逸らさないように、少しずつ距離を詰めるライト。

師に殺されかけ、敵に命を救われ呆然としているエッジワース。


「…お前は言ったな、エッジワースが父親を殺したと」

「そうだ」

「…嘘だ。断片的にだけど、ぼくは知っている。」


そう言うと、銃に下がっていた十字架が薄緑色に光った。

嘘、という言葉に反応したように見える。

それをカルマが視界に入れた瞬間、ライトは叫んだ。


「くらえっ!」


それと同時に、何もない虚空から鎖が現れ、カルマを雁字搦めにした。


「な…ッ!?」


いつのまにか真横に立っていたライトは、抵抗出来なくなったカルマのこめかみに銃口を押し当てた。

引き金を引こうとしたが、その指先はふいに止められた。小さすぎる声によって。


「…嘘……?」


今までずっと黙っていたエッジワースが、薄い唇を震わせてそう呟いた。

瞳はカルマを見つめている。


「…嘘、ではない…私が…私が父を…」

「嘘なんだよ、エッジワース…その証拠にさ」







「カルマの右肩には、きみが撃った銀の弾丸が今でも埋まっている」









エッジワースが無我夢中で放った弾がカルマに当たった。

それはつまり、あの場に師も居たということ。

流れ弾が当たるくらいに、直ぐ傍に。

更にその言葉が裏で意図するところ。

つまり、エッジワースが撃ったのがカルマならばエッジワースの父を撃ったのは誰か?

ライトの言わんとしていることを一瞬で理解してしまったエッジワースは、未だカルマの下から抜け出せないままに師を見上げた。


「う、そ…ですよね…先生…」


彼にとっての唯一の存在である師。

エッジワースの動揺は計り知れない。

もはや取り繕う事すら出来ず泣き出しそうな表情を浮かべている。


「…エッジワースの上から、退け」


若干イラだった司教がゴリッと銃でこめかみをえぐる。

雁字搦めにされ、もはや成すすべなく彼の上から身を退かしたカルマ。


「貴様の父を殺したのは我輩だ。」


身を封じる物がなくなり、痛む身体を起こしていたエッジワースに、突然そうハッキリと言った。

言葉を失うエッジワースに、カルマは更に続ける。


「我輩の完璧を傷付けたあの男、そして息子である貴様が憎い」


エッジワースは眩暈を覚えた。ぐらぐらと揺れる視界が黒く塗りつぶされてしまいそうだ。


「…懺悔しろ」


ライトの銃口が、こめかみから少しずつ移動して彼の心臓に狙いを定めた。

そして引き金にかけた指に、力を込めた。


「…ッ!」


ライトはいきなり強い力を受け、よろける。


「…エッジワース!?」


エッジワースが、カルマを撃つことを妨害した。

それは無意識だったのかもしれない。


「嫌だ…」


ふらりと師の元に寄り、抱き締めるような体勢を取った。


「嫌、だ…」


苦々しげな表情で、涙を流していた。


「エッジワース!そいつが何をしたか解ってるのか!?」

「無論、解っている…だが、私の唯一の、師だ…」



エッジワース自身どうしたら良いのか解らないようで、ただ師にしがみついている。



「…そうやって、泣き縋ったって本気の人間には無駄だって知ってるだろ…?」



断罪人である彼は、助けを乞う人間をそうやって殺してきたはずだ。




銃声が響いた。


















「ん…っ?」

「あ…起きた?エッジワース」

「え…ライト…ッ!?」


エッジワースは全てを思い出し、勢いよく身を起こして当たりを見回した。

その拍子に体が寝かされていたソファーから落ちるが、気にしている場合ではないようだ。


「そっち」


ライトが指さした先。反対側のソファーに師の姿を見つけ、駆け寄った。



「ちゃんと生きてるよ」

「何故…私達は撃たれたはず…」


痛みも、傷もない。

しかも頭がすっきりしているような気さえする。

訳が解らない、と目の前の男を見ると、彼はニッコリと笑った。


「銀の弾丸は貫通すれば悪魔を祓うだけだよ」

「な…!」


騙された…!とエッジワースはその場にへたり込む。

ライトを睨んでいるが本人は気にせず笑っている。


「でも、どうしようかなー…クリスマスに教会飛び出しちゃったし…もう司教続けられないなぁ。あ、そうだ」


ニッコリ笑って、エッジワースを背後から抱き締めた。


「ぼくと一緒に旅に出ようよ!」

「は!?」


確かにカルマが命を狙っている以上ここにはいられないが、それにしても突拍子もなさ過ぎる。


「世界中の子供をさ、幸せにして回ろう」

「ム…」

「良いでしょ、エッジワース!」

「…それならば、まぁ」


自分を助けるために司教を続けられなくさせてしまった負い目もあり、エッジワースは渋々と頷いた。

それに、子供は幸せであるべきなのだ。

彼ならばそれが出来るのかもしれないと、ライトの微笑みを見ていたら思ってしまった。

悪魔を祓われたからだろうか、こんなに温かい気持ちは久方ぶりだとエッジワースは感じる。


「じゃ、カルマが起きる前に準備して、行こうか」

「うム…」


暫くしてエッジワースは必要最低限の荷物を持って戻ってきた。

ライトは暖炉を見つめている。

声をかけないまま背中を見ていると、彼はいきなり暖炉に水を掛けた。



「な…何をしているのだね」

「ん?エッジワースさぁ、燃やしたでしょ」



言いながら、ライトは暖炉の灰に手をつっこんだ。白手袋ははずしている。



「ぼくの手紙!…熱っ」

「…す、すまない!…もう残ってはいないぞ…?」

「いや、残ってるって…ほら」



ライトは炭の中から何かを引っ張り出し、熱いらしく水に晒した。

黒く汚れてしまっているが、それは十字架だった。



「それ…は?」

「言っただろう、きみにプレゼントだって…」


シルバーで出来たそれを綺麗に洗うと、濡れるのも気にせずに自分のコートで拭いた。


「おいで、つけてあげる」


エッジワースは言われた通り、ライトの横に立った。

ライトも立ち上がり、それを白い首に回す。

後ろで金具を止めてやり、それを眺めて嬉しそうに笑う。



「メリークリスマス」

「メリークリスマス…。ありがとう…」



燃やしてしまったことに対して、謝ろうかと思ったが、こういう時はこの言葉の方が相応しい気がして、エッジワースは照れ笑いを浮かべながら言った。


「手紙には…何と書いてあったのだ…?」

「んー、後で教えてあげる!照れちゃうし」


白手袋をはめ直し、エッジワースの手をぎゅっと握る。


「じゃ、行こうか」

「うム」


部屋を出るときに、エッジワースは振り返って師の寝顔を見た。そして小さくありがとうございました、と呟いた。






二人はさくさくと雪に足跡を付けて歩く。

現代に伝えられているサンタクロースの服が赤と白なのは、聖ニコラウスが祭事に着ていた服の色だという説がある。

しかし、手を繋ぎ歩くライトとエッジワースのコートの色は、まさにそれを彷彿とさせる。

子供たちに幸せを運んで回っているサンタクロースは二人組なのかもしれないと、そんな話。








おわり


2009年度クリスマス小説でした。