ドアが開く音がして、私は息を潜めて耳を澄ました。

「あっつ…」

そんな呟きと共に、何かの機械音が聞こえてきた。
リモコンでエアコンを付けたのだろうか。
続いてベッドに倒れ込んだのか軋む音が聞こえて、私は溜め息を吐いた。
成歩堂はベッドに入ってからも、暫くは起きている。入力する文字をいちいち口に出しながらメールをしたり、暑さに呻いたり。
そんな彼の独り言が私の耳元で響く。この時間がなによりも好きだ。
ベッドサイドのコンセントは少し距離があったが、高感度のものを選んだ為に、きちんと彼の声を届けてくれる。
電波が傍受出来る距離に引っ越したのも良かったのか、マルチタップに偽装した盗聴器から聞こえる彼の声はクリアで、まるでそばにいるかのようだ。
私も自室のベッドに横たわり、彼の独り言に相槌を打ったりすると、一緒にベッドにいるような気がして、言いようもない喜びに包まれる。
二人で横たわって、他愛もない会話をして、彼が私を抱き寄せる。そんなことを考えていると、盗聴器の向こうの彼が「あー、ダルい」と気の抜けた声を出した。
本来誰にも聞かれなかったはずの呟きを、私だけが聞いている。そう思うと、私の中の薄暗い部分が疼く。もっと知りたい。彼が触れてくれたなら、どんなに良いだろうか。
私は自分の身体に手を伸ばす。彼に抱き締められる妄想を耳元のイヤホンから聞こえる音が増幅して、首筋に触れただけで反応してしまう。
瞼を臥せて、私を押し倒す姿勢になったその姿を思い浮かべながら、自らの寝間着のボタンに手をかけた。
全て外してしまって前をはだけさせ、指先で肌に触れる。片手で腹筋をなぞり、もう片手は脇腹をくすぐるようにすると、吐息が熱を持った。
筋肉の付いた自分の身体を自分の指で撫で、感じ入る姿は滑稽だろうが、止められない。
両手で胸の突起に触れるとそこは硬さを持っており、指で強く圧すと余計に立ち上がった。

「あ…っ」

小さく声が洩れてしまう。人差し指で羽根を扱うように撫でると、鈍い快感が走るのがわかった。
成歩堂が愛しげに私を見つめて、胸を弄りながら片手を下へ滑らせていく…。辿り着いた寝間着をずり下ろし、そこへと指先が這ってきた。

「…ん…成歩堂、っ」

瞳を閉じた私の目の前には、成歩堂が居る。耳元から時折だが彼の声が聞こえて私を煽り、余計に呼吸が荒くなっていく。
私自身を握り込み、彼の手は緩やかに上下しはじめる。温かくて少し日焼けした彼の手。
背筋をゾクゾクと快感が走り、私はベッドに背を預けて愛撫を受け入れる。
胸と自身を同時に責められて、私は驚くほど早く高められてしまう。

「あ…あぁ、ッ…」

先端から溢れ出した先走りがくちくちと濡れた音を立てて泡立ち、手を濡らす。…彼の、手を。
そして彼は私から手を離して、言うのだ。

『…後ろも欲しいの?御剣』

「ん…っ」

快楽を欲して私は頷く。早く触れられたくてたまらなかった。
彼は嬉しそうに笑みながら私の着衣を下半身だけ綺麗に剥いでしまい、脚を持ち上げる。左右に開かされ羞恥に頬を染める私に構わず、指は私の奥まった場所に触れた。
自ら流した先走りでぬるりと滑るのに身体を跳ねさせると、彼は私の首筋に口付けてから、入り口をマッサージし始めた。
丹念に皮膚を擦られ、思わず吐息が洩れてしまう。時折指が食い込んできて、またすぐに出て行って。そうしていつしか私の身体は、奥まで受け入れる期待に震えるようになる。
ひくひくと卑猥に収縮を繰り返す蕾に、人差し指と中指が押し入ってきた。
背筋を這い上がる快感と、圧迫感がもたらす恍惚とに、私はシーツを握り締めた。
奥まで到達した慣れた指が私の弱いポイントに触れたのはすぐのことだ。そこを刺激されると私は見境がなくなってしまうから、少しばかり左右に首を振ったが、彼は迷い無くそこを押し潰した。

「ひぁああっ」

ぐりぐりと責め立てられて身体を蝕む快楽は、肘をドアにぶつけた痺れにある種似ているかもしれない。
あれが脚の爪先から旋毛まで、走り抜けるような。
どうしようもなくて私は喘ぐことしか出来なくなってしまう。

「あ、あ、あぅ…!成歩堂、な、る…ッ」

思い切り彼にしがみつきたくても、彼はいない。
そんなことは分かっていて、彼に抱かれる妄想に浸る。
この私に音を届けるだけのイヤフォンが彼の分身のような気がして、彼に聞かれているような気になって、私は更に興奮してしまう。

「ああぁ、好き、成歩堂…!ん、あぁ…も…」

想いを吐露しながら狂ったように喘いで、私は絶頂に達しようとした。
その時だった。


「…御剣」


彼がただ一言そう呟いたのは。
驚きに手を止めて、耳を澄ます。
盗聴器の向こうの成歩堂が、私を呼んだ…。
まさか本当に聞こえて、いや、そんな訳がない。
ならば何故彼は私の名前を?私のことを考えていたのだろうか…?
混乱で訳が分からなくなる私を現実に引き戻したのは、枕元に置いた携帯電話のバイブレーションだった。
慌ててサブディスプレイを覗き込む。


【着信:成歩堂龍一】


…予期せぬ名前に心臓が止まるかと思った。
だが同時に確信する、彼は私に用があったから私の名を呼んだだけなのだと。
電話を取らなければならないが私の呼吸はいまだ乱れたままで、何とか整えようと深呼吸をした。
やっと通話ボタンを押して受話器を耳に押し当てる。勿論イヤフォンは外した。

「…何だ?」

普段通りを繕って問いかけると、電話のむこうの彼が小さく笑った。

「何だ、って酷いな。別に何でもないよ。ただお前が今何をしてるかなって」

「……寝ているとは思わなかったのかね」

「え?寝てたのか?」

「…そう、だ」

後ろめたくて声が小さくなる。
嘘をつくのは忍びないが、こんなことがバレるわけにはいかない。
そう思いながらも、正真正銘私に耳元で語りかける愛しい彼の声に、含んでいたままの指を内壁がきゅうっと締め付けた。

「あっ」

小さな喘ぎ声が洩れてしまい慌てて唇を噛む。

「…?御剣?」

「な…なんでもない」

誤魔化さなくてはならない、気付かれてはならない、そんなことはわかっているのに。
もしも…盗聴器よりもクリアな音声で、確実に意識が私に向いた成歩堂の声を耳元で聞きながら…絶頂を迎えられたなら…?
そんな有り得ない、許されないことを、思い付いてしまったが最後。

「…っ」

私は思い切りシーツを噛み締めて、再び指先で自らを刺激し始めた。
前立腺を強く突くと忘れかけていた絶頂が近くに見える。
完全には声を抑えられず、彼が心配した声をかけてくれる。

「なぁ、体調でも悪いのか?迷惑なら切ろうか?」

「嫌だ、切るな…!」

「え、でも」

「イイからぁ…!このまま…」

私はおかしくなってしまったのだろうか。
全てを失っても今、彼に聞かれたい。彼に狂った私の、乱れた喘ぎ声を。
理性が働かない。もう、ダメだ。

「ッ、あ…!なる、ほどぉ!」

「み、御剣…?」

「も、ダメ…イく、イッちゃ…あ、ふ、ぁあぁ!」

私は絶叫して、達した。成歩堂が私を呼ぶのが聞こえる。
吐精して真っ白になった頭ではそれがどんな感情を伴った声なのかは判断が出来ない。だが、涙が溢れてきて止まらなかった。

「成歩堂…なるほどぉ…」

「御剣…お前…」

荒い呼吸だけが部屋に響く。
成歩堂はそれ以上何も言わなかった。言えなかった、のだろうか。
私は電話にすがりつくようにしながらただ彼の名前を繰り返し、内部から引き抜いた指でシーツを強く握った。
成歩堂はどんな顔をしているだろう。もう友達ではいられないのだろう。
自業自得ながら、押し黙った携帯電話が辛くて涙が止まらない。

…私は気付いていなかった。外していたイヤフォンから、部屋で電話をしているはずの彼の声が聞こえていないことに。
そしてその声の主が今、何処にいるのかを。

「………な、なるほ…どう…?」

寝室の扉が音もなく開いて現れたのは、携帯電話を手にした彼の姿。
あまりの驚きに頭が上手く働かない。

「どうして…!」

「お前が呼んだから来たんでしょ」

そう言って見せつけるように差し出された手には、鍵を持っている。考えるまでもない、それは私の部屋を開けた鍵なのだろう。
合い鍵など作った覚えはない、ならばどうして。

「いつのまに、鍵を!?犯罪…だ!」

「犯罪なら、お前もだろ」

「え…?」

「盗聴器」

「な…!何ッ…」

「気付いてないとでも?それにさ、どうせやるなら…盗撮のほうが楽しくない?全部録画して、やらしいとこも、全部」

部屋に入ってきた成歩堂は私の傍まで来て、ベッドから一番近くのコンセントからマルチタップを引き抜いて、笑った。

「ねぇ、ほら…今度はちゃんとアップで撮らせてよ?…御剣」



END




盗聴vs盗撮

これは酷い!