一月、倉院の里。
成歩堂と御剣は茶道の初釜に招かれていた。
「立派な茶室だな…」
「倉院流ってやっぱりすごいんだなぁ…」
開かれた襖から見える庭もきっちり整えられた風情ある枯山水。
まだ本番までは時間があるので、真宵の案内の元すっかり準備の整った茶室を見学させて貰っていた二人は溜息混じりに呟いた。
「…何より一番驚いたのは、真宵ちゃんが茶道出来るってことかな…」
「それはどういう意味かなっなるほどくん!」
今日の真宵は紫色の着物をきっちり着付けられ、髪も結い上げてなかなか様になっている。
対する男二人も、着物姿だった。
真宵が用意してくれていた、勿論赤と青の。
「あと、御剣が着付け出来たのもびっくりだよね」
「不器用そうだもんね」
二人の悪気ない暴言に、御剣は普段よりも更に眉を寄せて、どういう意味だねと呟いた。
それとほぼ同時に、開けられた襖から少女が入ってきて、真宵に駆け寄る。
「真宵さま!お菓子が届きました!」
「え、本当?」
途端に真宵は目を輝かせて、両手の平を合わせにっこり笑ってみせた。
和服で少し大人びて見えてもやっぱり中身は変わらないな、と成歩堂の表情が緩む。
「じゃあお菓子のチェックしてくるね。ついでに色々準備があるから、二人は自由にしてて」
「うム、解った。ああ、そうだ真宵くん」
軽く手を振り、春美と共に部屋を出ようとする真宵を御剣が呼び止めた。
少し不思議そうになんですか、と聞き返した彼女に、彼は意外な事を言った。
「此処で茶を点てていても構わないだろうか?」
「あ、良いですよ!ただ割らないで下さいね」
成歩堂は予想外の彼の言葉に驚いている様子だが、真宵はそうでもないらしく、笑って承諾した。
先ほど不器用そうだと言っていた人間の行動とは思えないが、着付けが出来る辺り、経験者だと判断したのだろうか。
そして襖を締め部屋を出ていく少女二人を横目に、不安げなのは成歩堂。
「…お前、これいくらするか知ってるのか!?」
「ふむ、全て合わせて五百万は下らないな」
「ええええええ!!!!?嘘だろ!!?」
「聞いておきながら知らなかったのか。釜、茶碗、棗、棚、水差し、それらから掛け軸に至るまで一級品だぞ」
「わわわわ割ったりしたらどうすんだよ!」
「私がそんなヘマをするか」
御剣は何でもなさそうに一蹴し、水屋へ行ってしまった。
取り残された青い彼が呆然と畳の縁を見ていると、御剣が一枚分だけ開かれた襖の向こうに現れた。
正座をして、彼を見つめている。
「正客が立ちっぱなしとは何事だ」
不機嫌そうに言われ、彼は慌ててその場に正座をした。
しかし、茶室のど真ん中に座ったものだから、御剣はイラつきながらもっと後ろ、もっと左とつぶやく。
ようやく彼が正しい位置に収まった頃、赤い着物姿の彼は深々と頭を下げた。
成歩堂もつられて、お辞儀をする。
暫くして顔を上げ、立ち上がった彼は茶碗を手にして、摺り足で室内に踏み入れる。
普段から姿勢の良い御剣だが、更に背筋はきっちりと伸ばされていて、和服姿に似合う。
釜や棚の前まで歩くと、軽く裾を払ってまた正座をする。
茶碗を畳に置いて、他の物もセットされたようだ。
そこで御剣が立ち上がり来た方へと引き返すので、もう始まるのかと思っていた成歩堂は少し驚いたようだった。
「え、どこ行くんだよ?」
「こういうものなのだ、黙って見ていろ」
御剣はそれだけ言うと視線すらやらずに襖の向こうに消える。
しかし直ぐに戻ってきた。
その左手には、何か焼き物を持っている。成歩堂は知らなかったが、汚れた水を捨てるための入れ物だ。
ただ、成歩堂が気になったのはその上に載っている柄杓だった。
接点が二箇所しかなく、非常に安定が悪そうな状態。
御剣はするりするりと、静かに歩いているが、成歩堂は不安な気持ちで見つめていた。
「………」
とん、僅かな音を立てて畳にそれが置かれたのを見てから、成歩堂は溜め息を吐いた。
「…心臓に悪いよ」
「…少しな。緊張する」
「だろうね」
そんな会話を交わしながら、御剣は器用に柄杓を動かす。
蓋置き、袱紗、釜の蓋、決まった順序を何の迷いもなく進めていく。
成歩堂は、それがなんの為の動きなのか解るものは一つも無かったが、洗練されたその指先は繊細で綺麗だと思った。
「…さっぱり解らない」
思わず見とれていたのを払うように、一言そう呟いたら、彼が茶碗を持ちながら笑う。
「茶道の動きの一つ一つには意味がある。無駄なことなど何も無いのだ。だからこそ美しい」
「ふぅん…確かに、綺麗だけど」
お前がね、と付け足した言葉に、眉根が寄せられる。
茶碗を清め、拭き取る指先は止めない。
「…茶道は己と向き合う精神修養のようなものだ。下らない事で私を乱すな」
「え、茶道って相手をもてなすためにやるんじゃないのか?」
「もてなす側は気を緩められないのだよ」
「…でも乱されるんだな。ぼくに綺麗だって言われると」
「…やかましい」
ぐ、と彼の空気が緩むのに気が付く。
確かに先ほどまでは、無駄口を叩きながらも張りつめていた。
もっともそんな空気が解るのは、此の世に唯一人なのだが。
「キミにはわびさびの心が足りない」
ぶつくさ言いながら茶を点て始める御剣。
茶筅を手首ごと素早く動かして、細かい泡を作っていく。
そして、くるりと大きな円を収束させる。
普段は不器用な癖に、こんな格好いい事だけは上手くこなしてしまう恋人に、成歩堂はため息を吐いた。
「そういえば、前から思ってたんだけど、わびさびって何?」
「そこからか」
「…悪かったね」
そろそろ足が痺れ始めた成歩堂が少しだけ不機嫌下に目を細めた。
声色からそれを感じ取りながら、御剣は点てた茶を運ぶ。
青い彼の前まで来ると流麗な動作でその場に膝をつき、茶碗を畳に差し出した。
「お茶をどうぞ」
律儀にそう言われたものだから、成歩堂は少し笑ってしまい、睨まれる。
するりと立ち上がった彼は、成歩堂の隣に座り直して。
「わびさびとは侘びしい、寂しいと書く。」
「侘びしさ、寂しさが美徳なのか?」
ついに脚を崩し、お茶を手に取る。
作法を無視で茶碗を掴んだ成歩堂だが、御剣はそれについては触れずに話を進める。
「質素なもの、自然なものほど素晴らしい。多くを求めず、必要最低限で良い。そういう考えを美徳とするのだ。…例えば」
そう言って御剣が指さしたのは、開け放たれたままの襖の外に見える庭。
白砂と小石で、見事な模様が描かれている。
「枯山水はそこに水が無くとも、池を表現している。そんなもので充分なのだ」
「……苦い。」
突然口を開いた成歩堂はそう呟いた。
彼の前には空の茶碗が置かれている。
「本来なら甘い菓子の後に飲むものだからな」
「だからあんなに甘いのか、和菓子って」
「…というか貴様人の話を一つも聞いていなかったのか?」
「え?ああ、庭の話だっけ」
さほど悪びれた様子もなく立ち上がり、まだ脚が痺れているのか軽く足首を回してから、襖の方に向かう。
それを視線で追うと、成歩堂は庭を見つめて御剣に背を向けたまま首を少し傾けた。
そして溜め息。
「ぼくはどうせなら、本物が良いな」
それだけ呟いて、白い襖を引いてしまった。
「御剣は石ころで満足してるの?」
振り返った彼は、どこか優しげな声色で尋ねて、座っている男の前まで行く。
そしてゆっくりと身を屈めて、唇を触れ合わせた。
「…っ…」
突然の事で反応出来ず、目を見上げ少し驚いた顔をする。
そんな彼を、膝を畳に付いて抱きすくめ、成歩堂は小さく笑った。
「お前は、もっと求めて良いんだよ。侘びしさや寂しさを押し殺す必要なんてどこにもない」
「いきなり何だ…。殺してなどいない、昇華させているだけだ」
「同じ事だよ」
強く抱き締められ、今度は深く唇を重ねられる。
御剣は目の前の男の肩を掴んだが、抵抗らしい抵抗はせずにそれを受け入れた。
舌が絡んで、口腔を好きなように蹂躙される。
すぐ近くで感じる彼の体温と、ふわりと鼻腔をくすぐる匂い。
茶室に流れる香の匂いが作り出す、凛とした澄んだ空気を感じていた。
それが、抱き締められただけで、瞬きの早さで崩れ落ちる。
変わりに彼を満たす空気は、甘く切なくて胸を掻き乱す。
「成…歩堂」
唇をそっと離して正面から見詰める。
きっとどうすれば良いのか解らないのだろう、アッシュグレイの瞳が焦点を探して彷徨う。
「ぼくを見て」
優しく頭を撫でられ、御剣は成歩堂に視線を合わせた。
愛しげに微笑み、猫っ毛を指で梳きながら、額にキスをする。
「ぼくを求めて」
いつもは隠されている白い首筋に辿る唇、小さく震える体。
「侘びしさも寂しさも、要らないんだよ」
自らの罪のために、彼は人生を彼以外の為だけに捧げてきた。
禁欲的に、盲目的に、自らを押し殺して。
「好きだよ。きみが求めてくれないなら…ぼくのこの気持ちは、何処に行けば良いの」
「なる…ほどう」
その指先が和服の裾を割って脚をなで上げると、御剣は吐息をこぼしながら、目の前の男に抱き付く。
自身を握り込まれ、びくんと身体が跳ねた。
「みつるぎ」
甘く名前を呼ばれると、彼は潤ませた瞳を緩く臥せる。
成歩堂にその表情を見ることは出来なかったが、耳元に返された緩やかな吐息を感じ取って微笑んだ。
「ぁ…あっ、ん…だめ…」
握っていただけのそれを上下に扱かれると、すぐに手の中で形を変えていく。
反対の手は陰嚢を握り込み揉みしだいて、いとも容易く彼の快感を引きずり出す。
こうなってしまうと最早、抵抗出来なくなってしまう。
ストイックで在り続け何も求めなかった彼に、与えうる全てを強引に与え続けて、半ば無理矢理に心を開かせた。
御剣は自分が自分で無くなってしまうような、不安感を抱きながらも彼が与える愛を享受した。
そうしたら、止まらなくなってしまったのだ。
「っ…あぁぁ、あ…!」
押し付けられ、抉られる。
「な、なるほどぉ…ッ」
彼から与えられる極彩色の快感。
侘びしさも寂しさも美徳も、矜持さえもその前では意味をなさない。
「一つの無駄もない御剣も綺麗だけどさ、こういう姿の方が、僕はスキ」
ぐりぐりと先端を抉られ、御剣の腰ががくがくと震える。
「御剣、愛してるよ」
低く甘く、優しく愛しげに囁かれて、御剣はその手の中に全てを吐き出した。
成歩堂が手のひらを舐めている。
余韻に呆然としていた御剣だったが、今置かれている状況をやっと思いだしたようだ。
いつ真宵や春美が襖を開けてもおかしくなかったのだと。
慌てて服の乱れを直し、全ての襖を開け放った。
成歩堂が続きを強請るが一蹴し、茶碗などをもとの位置に戻しておいた。
「ねー、ぼくのどうするんだよー」
「知るか、御手洗いでも借りてこい」
「えぇ?酷いよ!!」
これ以上この場に居ると、何をされるか解ったものではない(そして自分がそれを拒めないのを知っている)と、御剣は部屋を後にしようとする。
襖を出る際に、成歩堂に背を向けたまま、呟いた。
「キミが全てを与えようというのなら、私はそれを享受し吸い尽くそう。…覚悟は出来ているな?」
そして彼は出て行ってしまった。取り残された男は、暫く呆然と庭を見つめていたのだった。
おわり
5000hitを無理矢理に紫貴様に押し付けました。
リクエストは甘々だったのですが…
私にはこれが限界です…!
たいへんお待たせ致しましたm(_ _)m
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