御剣の凶行から一週間が経った。

成歩堂は重い気分を振り払うように、ひたすら仕事に没頭していた。

何かをしていないと、御剣のことばかりを考えてしまう。

高校を卒業してから6年間探し続けて、弁護士になってまでやっと再会した親友。

その彼が、何故あんな行動を…という憂いと、凶行に対する怒りが渦巻く。

ガリガリと、いつもよりも強めにペンで紙を引っ掻く。

そうすることで、ほんの少しだけ気持ちが晴れる気がした。

それでもふとした瞬間に掠めるのは、御剣が一瞬見せた寂しげな表情。

その度に憂いとも怒りとも違う感情を自覚しそうになり、成歩堂は軽く舌打ちをした。

その時、電子音が事務所に響いた。

今時珍しい、棒型の携帯電話が着信を告げている。

それを手に取り相手を確かめると、成歩堂は僅かに間を置いてから、通話ボタンを押す。


「もしもし…?」

『あ、成歩堂?オレオレ』

「詐欺は間に合ってます…」

『おい何だよ!矢張だよバカ!』


電話の相手は、御剣と3人で小学生から高校までつるんでいた矢張だった。

やたら大きな声で話すものだから、成歩堂は携帯の受話音量を1に下げる。


「で、何か用かよ?」

『なんだその態度は!お前が落ち込んでるっていうから電話してやったのに』

「…?」

『他ならぬ真宵ちゃんの頼みだから聞いちゃったけどよぉ』


真宵ちゃんめ、と心の中で毒づきながら、成歩堂は矢張の言葉を聞いている。


『だからさぁ、飲みに行こうぜ、今日』

「今日…?そんな気分じゃないよ」

『良いじゃんかよ。特別に、奢っちゃうぜ!』

「…なんだかその台詞、あと数年後にも聞くことになる気がするな…。」


そんなやりとりをして、仕事帰りに矢張と飲みに行くことが決まった。

こうなることを見越してか、真宵は昼から早退してしまっていた。

沈黙を破るよう、一人ひたすらペンを動かした。










「よー」

いつも通りやる気なさげな矢張。

思い切りカジュアルな男とスーツの成歩堂の取り合わせはいささか妙ではあるが、二人は気の置けない親友であることは間違いない。

その顔を見て、成歩堂は少しだけ安心した。

行く店は決めていないが、とりあえず繁華街に向かって歩き始めた二人。

適当に目に付いた居酒屋に入り、ビールとおつまみを注文した。


「でさぁ、どうしたのよ」

「…いきなりだな」


テーブルに両肘をついて、身を乗り出しながら尋ねてくる矢張。

その単刀直入っぷりに、成歩堂は僅かに呆れたような表情を浮かべた。


「…真宵ちゃんの勘違いだよ」


正直に話せるわけがないのでそう誤魔化す。


「そんな事ないだろよ。真宵ちゃんすげー心配してた…あ、あざーす」


矢張は言葉の途中で店員からビールを受け取り、二つのジョッキを机に置いた。

その内一つを成歩堂に差し出して、自分の分を持ち上げる。


「ほれ、乾杯」

「………」


成歩堂はのろのろとジョッキを掲げ、軽く触れ合わせた。

その表情は見るからに暗い。

真宵が心配していた理由も解ろうというものだ。

矢張は冷たいビールを半分くらい一気に飲んで、呑気な声を上げている。


「真宵ちゃんなぁ、御剣にも連絡したらしいんだわ。でも忙しいんだと。薄情だよなぁ」


御剣、という単語が出た途端に彼の表情は更に硬くなった。

掲げていたジョッキを机に少し強めに置く。


「その名前、聞きたくない」

「へ?」

「アイツの名前なんて聞きたくない!」


そう大きめの声で言い、訳が分からずまばたきを繰り返す矢張を横目に、ビールを一気に煽った。

飲みでもしないとやっていられない。


「な、なんだよお前、御剣と喧嘩でもしたの…あ、あざっす」


矢張は焦りながらも、律儀にお礼を言い店員からおつまみを受け取る。


「高校の頃はあんなに仲良かった癖によぅ」

「……そうだな」


昔の事を思い出して、成歩堂は俯いて瞳を細めた。

同意の声は、居酒屋の喧騒にかき消されそうな程だった。


「御剣が居なくなってからずっと探してたもんな。6年も」

つまみの焼き鳥をひょいとつまむ矢張は、何かを思い出しているのか、表情は変えないままだが少し声のトーンを下げた。


「御剣がいきなりいなくなって、ショックだったよなぁ。でもまさか、お前が…」

「…え?」


成歩堂は、緩やかに顔を上げた。

黒くつぶらな瞳は驚きと困惑を含んでいて、矢張までもキョトンとしてしまう。


「ど、どうした…?」

「御剣って、一緒に高校卒業したんじゃ無かったっけ…?」

「な、何言ってんだよ!いきなり転校しちまったんじゃねーか!」

「…嘘…」


成歩堂は呆然としてしまう。

一緒に卒業したと、ずっと思い込んでいた。

何故、と考えようとした瞬間に、成歩堂は激しい頭痛に苛まれた。

たまらず頭を押さえてテーブルに突っ伏し、ぎりりと奥歯を噛み締める。


「な、成歩堂!?」


矢張の声が遠くなる。

成歩堂はそのまま、意識を手放した。