「ねぇ、御剣。これあげるよ」

そう言って私に差し出されたのは、小さな巾着袋だった。
ソファに座っていた私は正面に立っている彼からそれを受け取る。
少し首をかしげると、彼は笑顔を浮かべた。

「あけてみてよ」

言われたとおり巾着の紐を緩める。
逆さまにすると中から出てきたのは、小さな石だった。

「…これは?」
「カーネリアンっていってね、悪夢を見なくなる石なんだって」
「何故それを私に?」

そう尋ねると彼は、少しだけ眉を下げて、頬をかいた。

「ぼく、お前の悪夢なんて信じないって、言っただろ?」
「ああ…」
「ずっとすまなかったと思ってたんだよ」

それは私が被告となった事件の時のことだ。
七年間見続けた悪夢を、成歩堂はその一言でバッサリと両断したのだった。
そして、その言葉通りに成歩堂は「悪夢」ではなく「私」を信じることで、無罪を勝ち得た。
何も謝ることなどない、と言う前に遮られる。

「ぼくは、お前を信じてたからああいう言い方をした訳だけど。
お前にとっては、人生を変えるくらい悩まされてたんだよな。ちょっと悪かったかなって」

「いや…構わない。」

まったくの無罪だと、そう言われるのはむしろ心苦しいのだ。
あの事件を思い出すたびにまだ胸が痛むのは事実。
だが、此処にこうしていられるのは目の前の男のおかげで、感謝してもしきれないというのも事実だった。

「しかし…私はもうあの夢は見ない」

そう、あの悪夢からは解放された。
罪の意識に苛まれることはあっても夢はぱったりと見なくなった。
だからその石は受け取れないと、それを彼に返す。
成歩堂は自分の手の中に戻った青色の巾着を見ていたと思ったら、私の横に座った。
そして近づいてきて、突撃私のジャケットに手を突っ込んだ。

「!!?」

驚いて固まっていると、彼の手が裏ポケットにそれをねじ込んだのが見えた。

「持ってなって」
「ご、強引だなキミは…」
「お前の為に買ってきたんだから」

そんな台詞を吐いて、満面の笑みを浮かべる彼に思わずドキッとしてしまう。
すごい勢いで顔をそらしてしまった。
他意もなくそんな顔をしないで欲しい。
・・・私はキミに恋をしているのだから。

「・・・御剣?」

彼が不審そうにこちらを見ている。
まずい、不自然だったか。
何か言わなくては。何か、何か・・・

「あ」
「あ?」
「あ、りがとう・・・」

顔をそらしたまま蚊の鳴くような声で呟くと、キミが笑う声が聞こえ、その後、彼の腕がこちらに伸びてくるのが横目に見える。
なんだろうかと私はそちらを向き直る。
するとその手は、頭上から私の髪へと舞い降りた。

「え」

突然触れられてポカンとしてしまった私の頭を、彼の指先が優しく撫でる。
目が合ったままの彼の慈しむような瞳が、私の鼓動を早めていくのが解った。
壁を隔てた向こう側の雑踏が聞こえなくなってしまうほどに。
駄目だ、そのように優しく触れないで欲しい。
親友としての顔でいられなくなってしまう。

「お前を救えてよかった」

彼の丸い瞳に私が映りこみ、ぽんぽん、と軽く頭を叩いて手が離れた。
ほっとすると同時に少し寂しくもある。
何故この男はこんなに気軽に触れてくるのだろうか?
勘違いした答え以外に皆目検討もつかず、ため息をついた。
ありえないのだから、期待させないでくれ。

「・・・私はこれでお暇するよ」

突然立ち上がった私に、彼は驚いた顔をしている。

「もう行っちゃうのか」
「ああ、私は忙しいからな。誰かと違って」
「なんだよ、ぼくだってそれなりに忙しいぞ」

冗談っぽく頬を膨らせた彼が立ち上がり、私の後ろを玄関口まで歩く。
友達の接し方はこれで合っていたようだ。
少しの安堵と、胸を締め付ける苦しさに、私の表情は歪んでしまったに違いない。

「では、邪魔したな」

そう告げる私は・・・決して彼を振り返る事が出来なかった。





END



当サイトの小説、second heavenのボツ分でした。
単品でも読めるな、と思いアップしてみました。