3月7日の朝。
御剣は自宅のリビングでうずくまっていた。
体育座りで床をじっと見つめているように見える。
だが正確にはその視線の先は床ではなく、白い皿が置いてあった。

「成歩堂…」

その上に載っているのは茶色い塊。
この一週間でついに人の形を無くした成歩堂だった。

「みつるぎ」

それでも彼はまだ喋る。
御剣の幻聴なのかも知れないけれど。

「もう、おわかれだね」

彼はもう動かない。
誰がどう見てもチョコレートでしかない。
人間らしさのない、単調な口調で御剣に語りかける。

「たべて」

言った言葉は、まさにチョコレートの思考。
チョコレートが何を考えているか解るならば、多分。

「たべて」

御剣はその訴えに、膝を抱えたままその塊を見つめ続ける。
いつもの赤いスーツ姿だ。

「成歩堂」

チョコレートとしての言葉しか返さないそれでも、御剣にとって恋人だったもの

再び呼び掛けた彼の銀色の瞳が揺れる。
切なげな表情のまま手を伸ばして彼に触れた。

「なるほどう」

優しく指先で転がして、人差し指と親指で摘み上げる。

「…、……。」

何か言葉を紡ごうとした唇が一度結ばれ、躊躇いがちに恋人をそこへ運んだ。
優しいキスをして、口内へ放り込むと、彼は声も出さずに消えていく。
最期の彼の味は、いつも通り御剣の一番好きなビタースイート。
それでもどこか違うような気がして、気が付いた。自分の涙の味。
呆気なく、目の前から消えて無くなった恋人に祈りを捧げるように瞠目し、その
味を噛み締めた。





御剣は暫くそうしていたが、直ぐにふらふらと立ち上がる。
白い皿を床に置いたまま、部屋を後にした。
この状況でも検事局へと向かう彼はワーカホリックであった。

執務室で今回の担当案件について、糸鋸が資料を読み上げる。

被害者は二十代の男性、被疑者は同じく二十代の女性。
二人は恋人同士であったが半年前に破局、以来女性のストーカー行為が続いてい
たという。
先日男性が行方不明になり、目撃証言などから女性に疑いがかかったようだ。

「被疑者が被害者を監禁してるのかもしれないッス」

「…死亡している可能性が高いのではないか?」

「え、何でッスか!?」

「被疑者が被害者をそれほどに愛していたのなら、」

そこまで言いかけて御剣はハッとして言葉を止めた。
当たり前に続けようとした言葉が、非常識な物だと気付いて。

『それほどに愛していたのなら、食べてしまったのではないか?』

…馬鹿げている、完全にカニバリズムでしかない。
御剣は左右に首を振り、その思考を振り払った。

「愛故にってやつッスかね?」

糸鋸がそう受け取ったことに少し安堵しながら、小さく頷いた。

そして調査を始め、進んでいくに連れ浮かび上がって来た事実は御剣の直感通り
であった。
捨てられたフードプロセッサ、彼女の自宅の冷凍庫からは異常な量のルミノール
反応。
有罪判決を受けた彼女は、やはり言った。
彼の全てを自分のものにしたかった、と。




「嫌な事件だったッス…」

移動中のタクシーの中、肩を落としながら言う糸鋸。
勝利したにも関わらず隣に座る御剣は呆然としていた。
愛故に恋人を自分だけのものにしたがった彼女に何か感じるところがあったのだ
ろうか。
窓の外の移り変わる景色を目に映しながら、注意しないと聞こえない呼吸音を繰
り返していた。

「…刑事、今日も凄かったッス!あの弁護士でもひっくり返せ無かったッスよ!


御剣の様子がおかしいことに気付いた糸鋸は、話題を変えた。
その気遣いは無論逆効果であるのだが。
御剣がびくりと肩を揺らし、臥せ目がちだった瞳を見開く。
そんな空気を全く読まずに糸鋸は続けた。

「あ、あの弁護士と言えば最近見ないッスね。どこ行っちまったんスかね…」

当然といえば当然の流れだ。
御剣はこの数週間の出来事、そして今朝の事を思い出していた。
膝に載せた手が、ぎりりとスーツに爪を立てる。
愛する者を自分だけのものにした彼女は、有罪判決を受けた。
彼の身内や近しき人間の涙と共に。
脳裏に浮かぶのは真宵や春美、成歩堂の知人の涙。
彼が望んだのか否かの違いはあるが、自分も同じ事をしたのだと今更ながらに思
い知る。

「…私が、」

意図せずに唇から言葉が洩れ落ちる。
聞こえるかどうかのほんの小さな声に、糸鋸は御剣の方を見る。

「…っ、何でもない」

…まだ。
まだ自分にはやるべきことがある。
御剣は直ぐにでも自白してしまいたい気持ちを押さえ込み、首を左右に振った。
…全ての決着は一週間後。


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