成歩堂が御剣以外の人間の前から姿を消して、二週間が経つ。

流石に彼の知人が騒ぎ始め、捜索願いを、との声まで上がり始めていた。

すべてを知っている御剣だが、事実を話す訳にも行かず…かと言って安心させる言葉も見つけられずに口を閉ざしていた。

成歩堂に電話をかけさせようかとも思ったが、それには至らなかった。

心のどこかで、そう遠くない未来に本当に居なくなると解っていたからかもしれない。

…兎にも角にも、心配した人間が毎日尋ねてきてはチャイムを鳴らすので、二人は御剣の家に移動することを決めた。
バレンタインから2週間が過ぎた、2月28日の午前2時過ぎ。


「ほら…早く」


いつも通りの赤いジャケットの彼が手をのばす。
その先には、かつて見慣れた青色のスーツ。


「うん。…えへへ」

「なんだ、気持ち悪い…」

「御剣が手を握ってくれるなら、悪くないなぁって」


握った手はやはり茶色かった。

深夜で人通りがないとはいえ、成歩堂は目深にニット帽を被っている。

それでもトレードマークである青いスーツ姿の彼を見ると、御剣は複雑な気分になってしまう。


「…どうしてキミは、歩いて行きたいなどと…?」


車の方がどう考えても安全なのに、彼がどうしても歩いて移動したいと言ったのだ。

その問いに、成歩堂は悪びれた様子もなく照れたように笑う。


「だってさ、御剣と散歩出来るなんて、もう最後だから」

「…そうか」


最後、という言葉が胸に刺さって、御剣は俯く。

握った手に力が入ってしまったのか、茶色の瞳が覗き込んで来て、顔をそらして歩みを進める。


「…あ」


突然成歩堂の間抜けな声がしてそちらを見ると、視界に映り込んだ白。


「…雪!」

「ム…」


粉雪が舞い落ちて、街灯に照らされてキラキラ光る。

うわぁ、と成歩堂は感嘆の声を洩らした。

ずっと部屋に籠もっていたからかもしれない、その表情がやけに嬉しそうに見えて、御剣はその横顔を見つめたまま目が離せなかった。

それに気付いた成歩堂が彼に視線を合わせ、どうしたの、と首を傾げた。


「…キミは、後悔していないのか…?」

「え…?」

「いや、後悔というのはおかしいか、事故だったのだから。…現状に満足しているのかと、聞いている」


御剣にしてみれば、満足であるはずがない。
これから先もずっと、人としての彼と幸せな未来を築いて行けると、当たり前に信じていたのだから。
恋人が消滅することを望んでいて、更にそれを実行しているのが他ならぬ自分。
成歩堂は「一つになれる」などというが、それに幸せを見いだせる訳も無かった。
三週間ずっと感じていた気持ちが、ぽろりとこぼれ落ちてしまった。
今までずっと、彼の方が辛いのだから…と何も言わずに来た。
だが、彼は心底嬉しそうに自らを御剣に注ぎ込む。
まるで、御剣との別れなど全く辛くないかのような表情で。

「…っ、すまない…忘れてくれ」

見つめ合っていた瞳から、ぽろりと涙が零れる。
それを誤魔化すように顔を逸らして、御剣は話を終わらせようとした。

「…っ!」

…突然、繋いだ手を引かれて。
抱き締められた。

「な、るほどう…?」

その腕が、胸が、あたたかくやわからく感じるような気がした。
そんな筈はないのに、温度すら錯覚させる優しい包容。
そして、降りてきたキス。

「…ん…っ」

硬質なのに優しいその唇は、触れるだけで。
この二週間繰り返された彼を流し込まれるのとは違う、深くもなく、チョコレートの味もしない。
材質は違えど彼の、「人間」としてのキスだった。
御剣も、成歩堂自身ですらもう無くしてしまったと思っていた、ヒトの本能。
口付け一つにそれを確かに感じて、御剣は歩みを止めて彼に縋る。
涙が溢れて、止まらなかった。

「ね、みつるぎ。早く帰ろう」

その冷えた体を抱き留めて、頭を撫でながら囁く声も優しい。
瞳を閉じていたなら、まるで昔と何も変わっていないような気さえして、御剣は抱き付く力を強めた。

御剣の部屋に着いて、2人でベッドに転がる。
彼がチョコレートになってしまってから、一度も一緒に眠っていなかった。
体温で彼が溶けてしまうのを恐れた為だ。
だが、今の御剣にはそれを気遣う余裕はなく、ただ愛しい彼に身を寄せていた。

「御剣…かわいい」

青いスーツを着たままの彼は満面の笑顔。
溶けそうに甘い声で「大好き」と囁く。

「ねぇ…まだ残ってたんだね、ぼくの人間らしさ」

その指先が、御剣のクラバットにかかり、しゅるりと引き抜く。
少し驚いて顔を上げた彼の銀の瞳と目が合い、微笑む。

「…きみが欲しくなっちゃった、御剣」

ぎし、と音を立てて自らを組み敷いた成歩堂に、御剣は瞳を見開いた。

「…ッ…?」

こんなことはこの二週間無かった為に困惑している彼に笑いかけ、耳元に唇を寄せて囁く。

「大好き」

そのまま茶色い指先が、服のボタンを外していく。
直接に肌を撫でられて、久方ぶりの感覚に身を震わせながら恋人を見上げる。

「だ、って…、キミは…」

「ん?…大丈夫。気持ち良くしてあげることなら、出来るから…」
「そんなことを、言っているのでは…、ンっ…」

突然胸を弄られて意思とは関係なく身が跳ねる。
慣れている指先が、御剣が弱い場所を御剣が感じるように刺激する。
温度が無くつるつると滑らかな指先は、温かく少しかさついた、記憶に残る彼の指では無かったけれど。
それでも御剣の悦楽を引き出そうとする、成歩堂の「意思」を持った指先。

「ぁ…、はぁ…」

「御剣のここ、可愛いね…」

白い肌の上、既に赤く色付いて主張する立ち上がった両の突起をグリグリとこね回されて、御剣は強くシーツを掴んだ。

「あ、やぁ…んんっ…!」

「気持ち良い?」

クス、と唯一変わらない声で囁かれて背筋がゾクゾクする。
こんな状況下でも、恋人に触れられれば反応はしてしまう。
二週間も感じていなかったその指が与える刺激に、御剣は抵抗を諦めた。

片手が胸から離されると、ベルトに手がかかる。
ズボンと下着を脱がされる間に御剣は、青いスーツに不似合いなニット帽を剥ぎ取って床に放った。
特徴的なツンツン頭、やはり見えた方が嬉しい…などと思っていると、下肢に触れられた。

「…っ」

「ねぇ、御剣」

「ぅ…あ、な…何だ…?」

「…自分でシてたの…?」

からかうような声色でかけられた問いに、御剣の頬が赤く染まる。

「…いつ、そのような暇があったと言うのだ…」

「あ、してないんだね」

じゃあ、と言う台詞と共に先端を抉られて続けられた言葉。


「二週間分、気持ち良くしてあげるからね…」

低く掠れた声に、一気に体内の血液が沸き上がり、期待がざわざわと背筋を駆ける。
こんな状態の彼となんて考えた事も無かったのに。

「ひ、っ…成歩…堂…」

敏感な箇所を同時に弄られる。
勘が良い上に知り尽くした指先は的確に迷いもなく、愛しげに優しく卑猥に激しい。

「あっ、ぁ、あ…成、だめ…」

「ダメじゃないでしょ…」

熱くなる御剣のものに、少しずつチョコレートの手のひらが溶け出していくのも気にせずに扱く手を早める。
同時に胸も責め立て、口元に笑みを浮かべながら追い詰めていく成歩堂。
青いスーツをぎゅっと掴んで背を反らせて喘ぎ声を上げる彼の瞳が細められる。

「ぁ…あ…ッも、離して…」

もう達してしまいそうでそう訴える声に笑みを返し、乳首と自身を同時に擦り上げた。

「ん…っくぅう…!」

びくんと白い身が跳ね、スーツをしわくちゃに握ったままで茶色の手のひらに白濁を放つ。
キツく瞳を閉じて、どくどくと脈打ちながら全てを吐き出す快感に耐える御剣を、成歩堂は優しく抱き締めた。

「いっぱい出たよ、ほら」

そう言いながら眼前に差し出された、白濁にまみれた手の平は溶け出して、ホワイトチョコレートとのコントラストのようになっていた。

「…っ」

少し痩せてしまった指先に罪悪感を抱いてか、御剣は目をそらす。
しかし成歩堂はそれを許さず、優しい声でみつるぎ、と呼ぶ。

「ねぇ、舐めて」

その言葉に顔を上げると笑った顔の成歩堂と目があった。
その表情には先ほどまでの性的な色合いが感じられず、自分を食べて欲しいと言ったあの時の顔に似ていた。
胸を締め付けられるように苦しげな表情を浮かべた御剣は、そっと手を取り引き寄せる。
舌を這わせると味覚に広がる苦味と、慣らされた甘味。
温かさで余計に強くなったカカオの香りが脳を侵す。
御剣はいつの間にかその味と香りに毒されて、もはや中毒のようにそれを舐めた。
彼にいなくなって欲しくない思いと、彼のすべてを自分のものにしたいという気持ちが、御剣の中でせめぎ合って訳も解らず涙がこぼれる。

「どうして泣くの…」

全て舐め終わると優しく抱き締められて、汚れていない手で頭を撫でられた。
「最近泣き虫さんだね」

ちゅ、と宥めるような軽く触れるキスが落ちる。
御剣は大粒の涙を落としながら成歩堂を見つめ、色々な感情が入り混じった表情で、キミが欲しい、と言った。
今の自分の状況を思い成歩堂は困ったように笑ったが、すがりつく彼の唇が紡ぐ言葉に少し驚いてしまった。

「違う…食べたい、キミを食べたい」

痩せた右手の親指に噛みつき、第一関節から上をバキリと折りながら言われれば、その意味を理解しない訳がなかった。
二週間ではじめてのことだ。
食べさせる度ひたすらに悲しげな顔をしていた彼なのに。

「え…」

「頂戴、キミを…」

次にキスをされた時には、成歩堂の、ヒトとしてチョコレートとしての理性さえ破壊され、しこたま彼の口内に自らをぶち込んだ。
苦しげだが艶めいた呻きを聞きながら、後孔に指を這わせる。
ぬるりと溶け出したチョコレートを潤滑油替わりに、性急にそこを広げさせると、スーツを握る力が強くなる。

「力、抜いて…」

一度口付けを解いてかけられる優しい言葉に頷き、またキスをねだる恋人。
赤く染めた頬に優しく唇で触れ、またチョコレート味のキスを唇に落とす。
脳を侵すようなむせかえる香りで溶かされ、痛みは感じていないようで、御剣はただ甘い吐息を洩らす。
喉が焼け付くような甘さに、自分までチョコレートになってしまうのではないかと思った。

「あ…ッ!」

突然触れられた内部の箇所に、背が反る。
前立腺を見つけた指先はそこを攻めはじめ、ガクガクと腰が揺れて。
御剣は声も上げられず目の前の男にしがみついた。
酸素を取りあげられ、与えられるのは麻薬のような甘味と媚薬のような快感。
正に息を吐く間さえ与えられず、されるがままになるしかなかった。
指がいつの間にか三本に増やされ、そこを擦りながら抜き差しされる。
口付けが深く言葉さえ交わさずに互いを貪り合う二人。
チョコレートが溶けだしていくのと同じ早さで、御剣の内部が溶ける。
御剣の心音と同じ早さで、成歩堂の指が蠢く。
混ざり合ってしまいたいと、そんな行為だった。

「―――ッ〜〜!!!」

びくびく、と身が跳ね、背中に回した腕に、指先に力が籠もる。
それに気付いた成歩堂に指先で促され、そのまま全てを吐き出した。
それを手のひらに受け止めて、成歩堂が口付けを解くと、彼の腕は力を失いシーツに崩れ落ちた。
口端を伝い落ちるチョコレートを指で拭ってやると、そのまま御剣は眠りに落ちてしまった。



「おやすみ、御剣…」

成歩堂はその頬に優しくキスをして。

「もうすぐだよ…」

スーツに隠された自らの背中をさすった。

「もう少しで、ぼくは…」

するりと落とされた背広とシャツの下にあったのは、御剣の力で亀裂の入った背中。
その中身はすっかり空洞化してしまっていた。
口移しで内部からチョコレートを与え続けた結果だ。


「もう少しで…ぼくは、きみの物になる」



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