バレンタインから一週間。
成歩堂は事務所に出る訳にもいかず、ずっと自宅に籠もっている。
真宵たちが心配していたが、上手い言葉も見つからず御剣は何も告げていなかった。
御剣は仕事を終えると、直ぐに成歩堂の家に向かう。一週間ずっとそうしていた。
チョコレートになってしまったとはいえ彼は人間である。
つまり最低限文化的な生活を営む権利を有する…と御剣は思っていた。
部屋にずっと一人で置いておいたら、精神がおかしくなりかねない。
「…来たぞ」
外出は出来ないから必要ない、と言って渡されていた鍵で部屋を開ける。
途端に甘ったるい匂いが鼻腔に、甘ったるい声が耳に届いて御剣は小さく溜め息を吐いた。
「おかえり、御剣!」
成歩堂が笑顔で出迎え、ぎゅっと抱き付く。
そして、この所の日課。
「ん…っ」
抱き締められたまま、深く口付けられて。
どろり、と、流し込まれる。
……大量のチョコレートを。
「んうぅ…ッ!」
苦しくて、彼の胸を叩くが、無機物には通用せず、彼が満足いくまでチョコレートを飲まされる。
むせかえるカカオの香りと酸欠で頭がぐらぐらして、体から力が抜ける御剣。
唇の端からチョコが伝う頃、ようやく離されて膝がかくんと折れる。
崩れ落ちそうになった御剣を抱き締めて支え、成歩堂はにっこりと笑った。
「『来たぞ』じゃなくて『ただいま』って言ってって、何回言ったら解るの」
「うるさい…、この糖分の塊め」
「酷いな、ポリフェノールもたっぷりだよ」
口の端のチョコレートを親指で掬い上げて舐めとり、御剣は玄関先から部屋へ移動した。
この季節、流石に寒い。成歩堂が溶けるためエアコンは付けずコタツの電源を入れ、脚を入れた。
成歩堂は後を付いて来て、背中にぎゅうっと抱き付く。
「おい、あまり近付くと」
「解ってる、気を付けてる」
コタツに入ってしまわないように気を付けて御剣を抱き寄せ、顔を肩口に埋めた。
そのまますり寄られ、スーツ越しにひんやりとした感覚。
人間の時のような温もりはないが、それでも彼に抱き締められて居るのだと感じられる。
人間とは違う温度に触れられる度にきゅっと胸を締め付ける僅かな痛みに気付かない振りをして、背後の彼にもたれ掛かる。
「みつるぎ」
成歩堂が笑っている声で呼ぶ。振り返ることは出来ないが、彼がどんな顔をしているかなんて、容易に解る。
「…大好き」
何かを心に訴えかけてくるような、甘くて切ない響きを持つ声色。
自分に回されたチョコレート色の指先をきゅっと握り、小さく息を吐いた。
まだ、手や身体が温まっていない内しか、触れ合う事も出来ない。
御剣はコタツを抜け出し、成歩堂に向かい合う。
「御剣…?」
少し不思議そうな顔をした彼を、御剣は正面から抱き締めた。
背中に手を回し、肩に顔を埋める。
柔らかさも体温もないことは解っていたが、何故かそうしたいと思った。
人間だった時には見せなかった彼の態度に、成歩堂は茶色の瞳で間近にいる彼を見つめる。
自分の事ながら、人間だった頃とのギャップをあまり感じていないらしい成歩堂には、御剣の気持ちがぼんやりとしか解らない。
チョコレートになって一週間、だんだんと人間の思考が薄れて来ているようだ。
「そんな顔しないで…」
それでも、恋人の悲しい顔を見て、寂しげに呟く。
ぎゅっと抱き締めて頭を撫でると、御剣は泣きそうな顔で彼に擦り寄った。
「御剣…」
優しく頬を撫でられ、見つめられる。
彼がチョコレートになる前から変わらない、口付けをする前に見せる表情だ。
成歩堂が目の前から居なくなる事を恐れている御剣。
彼のとるべき行動は、その口付けを拒むこと。
そう、解っている。
理解はしている。
「成、歩堂…」
それでも、キスを待つよう緩やかに瞳を閉じた御剣。
…彼もまた、甘い毒に少しずつ少しずつ侵されているのかもしれなかった。
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